神子畑・明延サイクリング

2004/6/12(土)

前日の多々良木(たたらぎ)。梅雨まっさかりでシトシト雨が降って寒いくらいです。しかし、Mapionウェザーが明日は晴れだと言うのですから、明日は絶対に晴れなのです。
垣根の向こうに見えるのが私のスターレット。京都から運んできた自転車は軒先で雨宿りです。父ちゃんのMarkIIはピカピカでしたが、私のスターレットは…。ホイール磨かされました…。
しかしドえらい田舎やなぁ。


2004/6/13(日)

9:54 312号線→神子畑方面へ

ここまで晴れなくてもいいんじゃないかと思うけど、とにかく快晴。
多々良木を出て、円山川沿いの312号線を南下して、宍粟(しそう)郡に抜ける429号線に曲がる時に何だかキレイな橋を渡ります。
橋の向こうはすぐにトンネル。あからさまに新しいので、多分、播但連絡道路の朝来ICにつなぐ為に出来たのでしょう。
しかし車はほとんど通ってないぞ。


10:22 鋳鉄橋

ほとんど車が通らない道を走っていると、珍しく3台連なった車が私を追い越していきました。
しかしその直後に目の前で最後尾の1台が停車。何だ、どうしたんだと思いながら通り過ぎようとしたら、前の車に手を振って「停まれ」の合図をしている。おばちゃんが「ココよ!ココよ!」という手振りで川に架かっている橋を指さしていたのでそちらを見ると、それが有名な神子畑鋳鉄橋でした。(神子畑っていうのは正確には「みこはた」と読むみたいだけど、地元の人は「みこばた」って言ってるような気がする)
この人たちがいなかったら知らずに通り過ぎるところだった。危ない危ない。ちゃんと案内板も出ています。


私も慌てて引き返して、橋を見学。
確かになーんにもない道が続いてた中に、休憩できるベンチや橋の詳細が書かれた記念碑なんかもあって目を引くはずなんですけど。
今日は1人で80km以上走る予定だったので、先を急ぎすぎていました、わはは。


通り過ぎようとしていた私が引き返して来たので、この人たちにとっても不審な目で見られてしまいましたが、別に因縁付けようとか思って引き返して来たんじゃないんですよ…。 私もこの橋を見たかった訳で…。 でも誰も通らない道でさびしかったので、偶然のタイミングでこの人たちがいてよかった。
真ん中に見えるのが鋳鉄橋です。地味ですが、国の重要文化財に指定されている現存最古(明治16〜18年完成)の鋳鉄製単径間アーチ橋なんですって。普通の鉄橋と違って鋳物で出来ているというところが珍しいそうです。


橋を渡ったところには柵があって向こうの道には行けません。でも茶色い道が多分神子畑選鉱所につながっています。
この神子畑から生野までの鉱石運搬路には全部で5つの鋳鉄橋が架けられましたが、現存するのは神子畑鋳鉄橋と羽渕鋳鉄橋の2つだけだそうです。始めは馬車で生野まで運んでいたと聞きましたが、うちの母親が子供の頃には、新井の駅から鉄道で生野へ運んでいたそうです。


橋は神子畑川に架かっていますが、この日走った道沿いの神子畑川、明延(あけのべ)川、大屋川など、どれもとっても水がきれい。この時期は佐嚢(さのう)や養父(やぶ)、石田地区などでほたる祭があるようです。昼間なのでほたるは楽しめませんが、きれいな川っていう証拠ですよね。


10:28 しみずばし

更に進むと神子畑川を渡る現役の橋もあります。橋標が1円電車のかわいいデザインです。一宮-青垣とあって、道標の役割もしてます。と言っても、一本道なんだけどね。


10:33 神子畑選鉱所

そしてこれが神子畑選鉱所跡。家にあった古い白黒写真で見ただけで、本物を見るのは初めてだけど、廃墟マニアの人とかが入って写真を撮ったりしてるみたいで、webでも内部の写真がチラホラ見られます。
でも、叔父の話では取り壊すらしいと言うことだったので、なくなっちゃう前に見られてよかったなと思っていたら、もう解体が始まっていました。最後になる事を知ってか、男の人が1人、道端に車を停めてカメラを持って歩いてました。
日曜日なので解体作業はお休みだったかもしれませんが、あまりにもひと気が無かったので、現役のショベルカーが置いてあったのが後から考えたらよかったかも。
ほんとに時間が止まったままのこんな大きな建物を1人で見たらそのまま引き返していたかも知れません。鋳鉄橋のところで見かけた人たちのこともあって、この界隈に1人きりではないという気持ちも働いたのでしょう。


門のところに「選鉱所解体工事中」という看板が立てられ、もちろん立入禁止です。門の前の橋は渡りませんでした。写真を撮って、選鉱所を後にします。
昔は鉱山で働く人たちがたくさん住んでいて、「美空ひばりも来たんやで」と言う母は「近所に社宅もいっぱいあったやろ」とも言ってましたが、選鉱所以外の建物は道路からはあまり見えませんでした。「ほったらかしにされてるうちに無くなってしもたんやろか」とかいい加減なことを言うてましたが「あんな賑やかなとこも閉山したらこんな寂しなってまうねんなぁと思うたわ」としばし郷愁に。
社宅には私の曾お婆ちゃんが住んでいて、子供の頃に母も時々遊びに行ったらしいです。人がいっぱいで活気のある、楽しい場所というイメージなのでしょうか。
閉山は昭和62年。思っていたより最近なんだなぁ。


10:51 笠杉峠

神子畑を越えると、そこは母も知らない未開の地だそうです。いや、母にとって未開と言うだけで、ちゃんと明延に抜ける道はあります。
しかし両親も叔父も、神子畑を越えたら宍粟郡に出てしまう=地の果てまで行ってしまう、というような悲壮感を漂わせながら「神子畑だけで帰って来い」と言っていました。
何、サイクリングだったらこのくらいの距離たいしたことないよと出発したのですが、いざ笠杉トンネルの手前の綴れ折の坂を見上げた時は、お父ちゃんごめんなさい、と心の中でつぶやきました。
この写真は登りきったところで撮ったのですが、左上にチラッと見える遥か下から山にへばりつくような坂で一気に登ってきます。自転車を下りて押す程ではなかったですが、ここまでが割とフラットな道のりだったので、先行きが不安になります。


11:09 笠杉トンネル

お父ちゃんに心の中で謝った直後、一つ角を曲がったらそこに笠杉トンネルが。なんだもう終わりじゃないか!ざまぁみろ!なめんなよ!と喜び勇んでトンネルをくぐったら後は下り坂で県道6号まで一気です。
一円電車は、明延〜神子畑間のこの山道を避ける為に作られたんじゃないでしょうか。たまのサイクリングにはいいけど、毎日鉱石や坑夫さん達が行き来しないといけないのだから当時は大変だったと思います。


12:01 富士野峠

6号線に入ってからは、バイクツーリングの人たちを何組か見かけました。民家もちょびちょびとあります。
「天然水ふれあいの水」という案内板が出ていたので、そこで水を汲もうと思っていたら見上げるような高台にあり、ちょっと断念。まだペットボトルに少しお茶が入ってるし…。水を汲んでいる人が見えました。
その後分かれ道があり、どちらとも言えない微妙な手作りの道しるべがあったけど、今から峠なのだから!と思って上り坂をチョイスしたものの、どんどん登っていくこっちの道からずっと下のフラットな道が見えます。峠と言っても、トンネルがあるのはわかっていたので、もしかして下の道がトンネルに繋がってるのでは?という不安がよぎります。しかししかし、ちゃんと、6号線って書いてあるし。もう一度地図を確認しても、トンネル以外の脇道はありません。車も追い越して行くし、きっとこの道だと信じてひたすら登る。


12:04 富士野トンネル

程なくトンネルに到着。よかったーあってて。登りはそれほど急坂でもなく、距離もそんなにありませんでした。


12:17 明延探検坑道と一円電車

富士野峠からも快適な下りで、勢い良く走っていると見過ごしてしまいそうな脇道に案内板があります。
100mほど歩いて登ると明延鉱山探検坑道の扉。
予約制で中を見せてもらえるようですが、日曜日なのに誰もいません。
中は暗くて見えないけど、ひんやりとした空気が流れてきて、怖くなったのでショボショボとその場を離れます。


その少し奥に「一円電車」が展示してあります。
当時のものかどうかわかりませんが、自転車と比べてもこのサイズ。左の2両は人が乗る車両だそうです。
一円電車はやはり両親から聞いたことがありましたが、今回初めて見ました。


この電車は、閉山前は明延と神子畑を結んで運行していて、料金が1円だったのです。
子供の頃は、それが今あるのか昔の話なのか定かではありませんでしたが、閉山するまで1円で走っていたということは、19歳の頃まで走ってたんですね。一度くらい連れてきてもらえばよかった。
しかし、両親共に明延は知らないと言ってたので、乗ったことはないのかも。神子畑側で見ていたのでしょう。
それにしても人っこひとりいません。


12:24 あけのべ自然学校

そろそろお腹が空いてきたので、母が持たせてくれたおにぎりを食べたいのですが、あまりにも寂しくて食べる気がしません。6号線から少し入ったところに、あけのべ自然学校という施設があるので、そこに行ってみました。
しかし、そこまで行く道に民家はあるものの、やはり人っこひとりおりません!(涙)たどり着きましたが、そこも無人…。日曜日だよ今日!みんな遊びに来てよー!


空しくそびえ立つあけのべドーム。中は当然無人です。何の施設かも全くわからないよう。こんなところでご飯はイヤです。もちろんあの自販機で何か買えるとも思えません。
せめて車くらいは通るところに戻ろう…。


12:29 明延振興館

少しは人の気配がある場所でご飯にしようと、6号線沿いまで戻ってきました。明延振興館という建物がありましたが、閉まってる様子。でも隣に明延精工という工場があり、こちらは中の蛍光灯がついてるのが見えたので、このあたりでご飯にします。
人は見えないけど、絶対いるよねあの工場の中に人が。


ウエストバッグに入っていたおにぎり。なんだかイビツな形に…。でも頂きます。ありがたや。
アパートのような建物もありますが、座って休憩して、おにぎりを食べている間、誰も通りませんでした。


12:44 自動販売機

今日初めて見たまともな自動販売機。人の気配がありますぅ!でも人は見えません〜。ここでお茶を補充してあゆ公園を目指す〜。
坂も無く快走できるはずですが何故かすごい向かい風。道自体はキレイに舗装されていて、川と道路に沿って点在する集落を結んで行く感じです。


13:22 大屋あゆ公園

6号線にも車が増えてきたので、あゆ公園にあるというサイクリングロードを目指して走ります。
あゆ公園は農村公園というのと併設で、この農村公園の建物が遠くからでも見えました。前に農村公園のイラスト案内図を描いたので、遠くからでもすぐにそれとわかりました。
そしてこれがあゆ公園。人がいます!店も開いてます!家族連れでにぎわっています!


右の水場が、親水公園、左の柵のところがサイクリングロードです。
どこまで行けるのかと辿ってみると、1kmも走らないうちに何故かだたの舗装された農道に…。挙句の果てには「農道に付き関係者以外進入お断り」という看板まで…。
しかしこの農道沿いの畑には、農作業中のおじさんがちらほらいて、心強かったなぁもう。


14:26 9号線はさまじ峠

6号線から9号線へ。車が多いのはわかってるので遠回りしてでも養父の集落を抜けようかと思いましたが、見てみると意外と歩道が広いので9号線を抜けて和田山まで行くことにしました。はさまじ峠という小さな坂を越えましたが正式な地名なのかはわかりません。
養父は鯉の名産地でもあり、写真の道路標識の下のあたり、向こうの方に大きな錦鯉のオブジェが見えます。
和田山からは円山川沿いの歩道のような道を走りました。車がいないのはいいのですが、いきなり行き止まりになることもあり、行きつ戻りつ…。


15:08 円山川沿い

円山川沿いにあった独特なタッチのお地蔵さん(?)
写真ではよく見えませんが、口、わろてます。(~▽~)こんな感じ。あまりにも変わったフォルムだったのですが、何の案内板も無しです。


対岸は見慣れた道路です。生野〜朝来〜和田山を結ぶ312号線。朝に出発した道です。


15:11 竹田城跡

竹田城跡が見えてきました。いつも車からなのと、石垣しかないのとで、あまり印象がなかったのですが、今回はしっかり見ました。
何年か前に角川映画の「天と地と」のロケ地になり石垣の上にホントのお城を建てたとか。こぞって見に行ったという話は聞きましたが、実際にはどんな感じだったのかはわかんないままです。


竹田城の目の前にかかる橋の橋標はお城風。石垣しか残ってないんだから、せめて橋くらいはこんなデザインでね。


15:33 道の駅あさごまで500m

適当なところで川の東側に渡り、312号線に戻ります。和田山寄りは家具屋さん(和田山竹田家具もある)など、お店が建ち並んでますが、朝来に入ると風景が琵琶湖岸みたいになっちゃいます。
歩道はちょっと狭いけど道の両側にあるし、きれいなので走りやすかったです。


15:37 道の駅あさご

とうとう戻ってきましたよ。朝の出発点まで!道の駅あさごから多々良木に入ったらゴールです。車が切れるまで渡れずにいたら、道の駅の対岸に「あさご情報センター」なるものがあって、その脇に…。
苦労して見に行った1円電車が…。


縮小版だけど神子畑の鋳鉄橋も…。
いや、本物を見に行くことに意義があったのだからこれでいいのだ!
厳しい峠は笠杉峠だけでしたが、日ごろのトレーニング不足のせいであまり進めず、途中で不安にもなりましたが、無事明るいうちに帰ってくることができました。でも今度は是非、数人で行きたいな…。明延さびしすぎ。
しかし1人でサイクリングする時はせめて携帯電話を持って行った方がいいのではないかと…。そうでなければもう少し町中や人通りのある場所にした方がええですよ。


走行距離88.6km
走行時間(休憩除いて)4時間48分
平均時速18.4km(トホホ)
トラックログ